精神医学には意味の違いの分かりにくい言葉がたくさんあります。安定剤と睡眠導入剤、向精神薬と抗精神病薬、心身症や心気症、てんかんと転換性障害…………これらは単に定義が一般的にあまり知られていないだけですが、中にはその境界が専門家にとってすら、明確でないものもあります。
過労(burnout)とうつ(depression)の境界については長年議論されてきました。
Oxford Advanced Learner's Dictionaryによれば,
過労(burnout)は……“the state of being extremely tired or ill, either physically or mentally, because you have worked too hard”(働き過ぎて、体や精神が非常に疲れたり病んだりすること)
うつ(depression)は……“a medical condition in which a person feels very sad and anxious and often has physical symptoms such as being unable to sleep, etc.”(とても悲しくなったり、不安になったり、不眠などの体の症状を伴ったりすることも多い、医療の対象となる状態)
のようになっていて、辞書的な意味のポイントは、過労(burnout)は労働との関連で用いられること、うつ(depression)は医療の対象となる状態である点のようです。
これらの点は精神医学会でも共通の認識を持っていて、様々な論文に同様の定義が出てくるのですが、今回はそれほどこの2つの言葉の境界は明確ではないかもしれない例をご紹介します。
Depression-Burnout Overlap in Physicians(医師におけるうつと過労の重複)という論文で、対象が医師という特殊な職種であるため、すぐに一般化することも困難かもしれませんが、ここではHamburg Burnout Inventory (HBI)という過労の指標と、Major Depression Inventory (MDI)という、うつの指標を用いて、詳細にその状態像の重複の具合、過労からうつへ移行する危険性についての評価を行っています。
これによると、オッズ比と言われるリスクの比べ方で、軽度の過労で10倍、中等度で47倍、重度で93倍うつになるリスクが高いという結果でした。
こんな結果をみると、過労の中でも程度の重いものは非常にうつと近い状態にあること、少なくともうつに移行するリスクがとても高いことが分かります。
要するに従来から疲れすぎ(burnout)の範疇で語られてきた状態の中には、うつに移行するものがかなり多いと言えるのだと思います。
具体的な対処としては、労働による疲れとうつとは本質的な違いがなく、移行する可能性の高いものなので、疲労を感じた時には早めの休養・気分転換・労働のスタイルや環境の調整を試みる等の対処が望ましい、ということだと思います(しかし、これが難しい……)。