環境の変化が人の精神に及ぼす影響について、多くの研究がなされてきました。
学校への進学や就職・転職・結婚等は、環境変化のみでなく、様々な課題を伴います。その課題への取り組みの成否によって、その後の精神状態を含む生活全般に大きな影響を与えることが示されてきました。
特に大学生活への適応を調べた研究がたくさんありますが、その背景として大学生活が次のような危険因子を持っていることが指摘されています。
学習上の要求(アメリカの大学では特に要求水準が高い)、家族(親密な関係)からの別離、個人の責任の増大(生活全般に本人が責任を負うようになる)、仕事上の負担(賃金をもらっての労働を始めて体験する)、課題の複雑化(様々な課題に同時に対処する必要が生ずる)等があります。
そして、危険因子が多いのに、学生は調子が悪くなっても医療機関などに助けを求めない傾向が強いので、ますます発症前の危険性の把握と経過観察のしくみが大切になるというのです。
実際、大学生活に馴染めずにうつや不安を主な症状とする精神疾患を発症した例を多く経験します。中年以降の患者さんの病歴を振り返ったときにも、大きな環境変化を経験するこの時期が、人生のターニングポイントであったということが多くあります。
今回ご紹介する論文の題は “Violence Exposure and Mental Health of College Students in the United States”
(暴力への暴露とアメリカの大学生の精神衛生)
です。
ここでは特に精神状態に影響を与える危険因子として「暴力への暴露」が取り上げられています。
結論は大きく分けて次の2点にまとめられます。
①暴力を受けた経験は、(身体的・感情的・性的な暴力いずれであっても同様に)うつ・不安・自殺といった精神状態の悪化に強く関連していた。
②暴力を受けた経験は、人種や民族、年齢や性別、性的志向、社会経済的状態等とは独立して精神状態の悪化に影響を与えていた。
そして、上記のような結果は、暴力の犠牲者となった経験をもつ学生の精神状態に関する定期的チェックと治療プログラムの必要性を示すとされています。
また、治療プログラムの例として“Substance abuse and Mental Health Services Administration (SAMHSA)”が主催している心的外傷への取り組みが紹介されていました。
上記のような精神状態の定期的チェックや治療プログラムの必要性も非常に重要ですが、どんなことよりも今回の論文は、暴力が与える精神への甚大な影響、つまり、暴力は振るわれたその時だけではなく、犠牲者をその後の人生全体にわたって傷つけ続けることを示す内容でした。