今日は著しい“抜毛”症状を合併した認知症の症例報告をご紹介します。
認知症の徴候としての抜毛症状
Case Reports in Psychiatry Volume 2016, Article ID 9782702, 5 pages
以下に症例の大まかな内容を訳してみます。
「54歳の女性。記憶とその他の認知能力の低下が最近5年間に渡って進行してきた。初期から適切な言葉が思い出せなくなり、あいまいな言葉を使用するようになった。見当識(時、場所、人についての基本的な記憶)の障害や、全般性の記憶力低下、聞いた事柄の理解力低下、空間を正しく認識することにも支障があった。徐々に自分一人では様々な日常的活動ができなくなってきていた。MMSE(認知症のスクリーニングで頻用される検査)では9/30点、言葉の流暢さが失われ、言語理解や物品の呼称の低下が目立った。彼女の記憶は全般的に著しく障害されており、視覚的認知を試す課題においても失点が目立った。
発症から8年経過した頃、落ち着きがなくなり、興奮し、繰り返しの強迫行為が出現した。そして、最も著しかったのが、重度で、持続的かつ制御不能の抜毛症状である。その結果、彼女の頭髪は全てなくなってしまった。あらゆる介護的試みや薬物療法は効果を示さず、その症状は2年間続いた。彼女は起きている間中ずっと髪の毛を抜き続け、ついには睫毛や体毛まで抜き始めた。同時に指を摩ったり、突いたりして、擦り傷ができてしまうようになった。さらに爪で指先を傷つけ出血するようにもなった。」
この後、昨日の内容にもあった強迫症状に対する抗うつ薬の治療を行いますが、全く効果を示さず、試行錯誤の末、抗精神病薬(一般名:クエチアピン)が一定の効果を上げます。これにより、時々毛を抜いたり皮膚を突いたりするものの、生活への障害が大きく軽減したと書かれています。
このようにと“抜毛”とは言っても、著しくなると体中の抜毛や皮膚の損傷にまで至り、他の活動にも大きな支障をきたすことがあります。
この論文では、このような薬剤の反応から認知症で起こる抜毛について、通常の強迫症状としての理解ではなく、原始的な毛づくろい行動の制御不能として考えられると示唆しています。
この症例報告から、一つの症状を見た時多くの原因を想定し、一般的な治療法のみではなく様々な工夫を行うべきであると思われました。