私は特定の信仰を持っていませんが、原始仏典の言葉には心が惹かれるものがあります。
岩波文庫に所収されている「真理のことば」は「法句経」の名でも知られ、ブッダの「人間そのものに対する、はっと思わせるような鋭い反省」や「生活の指針となるような教え」を含んでいます。
一緒に収められた「感興のことば」もブッダの教えを集めたものです。「ブッダが感興を催した結果、おのずから表明されたことば」であるとされています。
私は「感興のことば」の「第1章 無常」が好きですが、人の生死についてのことばが多く述べられいます。
「熟した果実がいつも落ちるおそれがあるように、生まれた人はいつでも死ぬおそれがある」
……そりゃ、そうだ。当たり前のことですが、改めて言われるとぐっときます。
「死刑囚が一歩一歩と歩んで行って、刑場におもむくように、人の命も同様である。」
……人の人生のすべてが刑場におもむく一歩一歩であると言われているようで、夢も希望もなく、かえって清々しい感じさえします。
「男も女も幾百万人といるが、財産を貯えたあげくには、死の力に屈服する。」
……なんかもう、何をしても無駄という気さえしてくるコメントです。
最後に「感興のことば」の「第27章 観察」からです。
「この世の中は暗黒である。ここでははっきりとことわりを見分ける人は稀である。網からのがれた鳥のように、天に至って楽しむ人は少ない」
……少しでも世の中のことを分かろうとするなんてゼッタイ無理ですよ、といわれているようで、こころも暗黒になります。
希望に満ちたことばを探そうとすると痛い目に会いそうですが、歯に衣を着せぬ言い回しに、はっとすることが多い本です。